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ロッキード L-188()は、アメリカ合衆国のロッキード社が製造していたターボプロップ旅客機。初飛行は1957年。愛称はエレクトラ(Electra)。対潜哨戒機P-3はこの機体設計を転用したものである。 == 開発 == ロッキード社がコンステレーションの後継機として開発した、アメリカ初のターボプロップ旅客機である。1954年から開発に着手し、1957年12月に初飛行、1959年早々に就航開始した。ロッキードの旅客機の愛称は代々星にちなんだものとされており、「エレクトラ」は同社のアイデンティティであった卵形双垂直尾翼の元祖で、日本でも陸軍一式貨物輸送機としてライセンス生産された、第二次世界大戦前のベストセラー双発機「エレクトラ」(L-10〜L-14系)より、数えて二代目である。直線翼・低翼配置の四発機で、ラジカルな外形が目立つ同社機の中にあって、珍しくオーソドックスな出で立ちが逆に特徴とも言える。 ターボプロップ機には運航経費が低廉、かつレシプロ機からの乗員移行が容易という利点があった。世界初のジェット旅客機コメット Mk.1 の就航(1952年)当初から「ジェット旅客機は時期尚早」という懐疑的な声が半ばしており、果してコメットが連続事故に見舞われると、最早性能向上の余地が残されていないレシプロ旅客機の代替と、ジェット旅客機が本格化するまでの繋ぎとして、10年程度はターボプロップ機の時代が続くと考えたエアライナーも少なくなく、直前に大型ターボプロップ軍用輸送機C-130を成功させたロッキードに期待が寄せられた。ローンチカスタマーはイースタン航空とアメリカン航空で、開発は順調に進行した。ロッキードはC-130での成功から自信を持ってジェットよりターボプロップを選択しており、最初はC-130によく似た高翼式の試作機を製造した。しかしエアライナーからはこれでは小さ過ぎで経済性が悪く、また高翼式は不時着などにおいて安全性を損ねるとの意見が出たため、胴体を拡大し、低翼式に変更された。 しかしボーイングの自社開発機367-80(後のKC-135、707)が同時期に進空し、ターボプロップを含むプロペラ機では到達不可能な高性能を安定して発揮できることを実証したため、エレクトラの将来性には開発中から暗雲が立ちこめることとなった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ロッキード L-188」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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